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「なんか違う」に向き合い辿り着いたのは、銭湯の番頭兼イラストレーター?銭湯女子、塩谷歩波さんが今考える自分らしい生き方とは

インタビュー

自分らしく生きるって難しい


周りの期待を裏切らないように、努力する。
今まで自分が積み重ねてきたものを無駄に出来ないから、我慢する。
でも、「なんか違う」。

20〜30代の多くの女性と同じ悩みを抱えていた状況から、自分らしい生き方を見つけた人がいる。

それは銭湯女子、塩谷歩波(えんや・ほなみ)さん。Twitter (@enyahonami) 銭湯図解HP(https://sentozukai.jp
彼女は現在、高円寺にある銭湯「小杉湯」の番頭をつとめる傍ら、イラストレーターとして銭湯を建築図法で描き紹介する「銭湯図解」を描く活動をしている。メディアからも注目され、出版社からのオファーが殺到。今年2月には銭湯図解をまとめた本が出版予定と、大活躍だ。

そんな彼女には実は、有名建築事務所で働くも忙しさと自分のやりたいことができないフラストレーションから身体を壊してしまった苦しい過去がある。

悩みの中からどうやって、現在の自分らしい道にたどりつけたのだろうか。ヒントを探るべく、お話を伺った。


目次


1.銭湯の番頭 兼 イラストレーターってどういうこと?
2.設計じゃない。私はただ”建築の絵”を描きたいだけ。
3.休職中、唯一罪悪感なく行けたのが銭湯だった
4.見つけた使命は、みんなとは違う私の「建物への感覚」を絵で伝えること
5.自分らしさは「なんか違う」の中にある



1.銭湯の番頭 兼 イラストレーターってどういうこと?

 

 

——早速ですが現在のお仕事について教えてください。

小杉湯では番頭兼イラストレーターとして働いています。週2日はお湯やアメニティを準備する番頭の仕事。ほかの週2日で番台に立って、あとはポップをつくったりイベントについてのやりとりをしたり。今は番台をお休みさせていただいて、来年の『銭湯図解』の出版に向けて準備をしています。取材に行き、図解を描くのが中心の生活ですね。

 

 

2.設計じゃない。私はただ建築の絵を描きたいだけ。

塩谷さんの描いた小杉湯の銭湯図解。小杉湯のパンフレットにも使用されている。

——早稲田大学の建築学科に通われていたんですよね?

私が子どものころ、インテリアコーディネーターの母が家でずっとパースを描いていたんです。その様子を見て「教えて」と言って描かせてもらいました。その時間があまりにも楽しかったので、建築に対する興味が湧いたんです。そして建築を勉強するため早稲田大学に入学しました。

 

——子どものころの「楽しい!」体験が専門につながったんですね。

大学・大学院時代もずっと建物の絵を描いていたんですけど、学校の設計課題をやる中で、先生たちに「プロセスはいいんだけど設計が全然だめ」と言われて。実際に建物を作ることが目的になると、絵って何の価値もないんだって思い知らされました。それが「なんか嫌だな」って。

私が本当に好きなことは設計することではなく、建物の絵を描くことだって薄々勘づいていたんです。でも、それを職業にする方法もわからないし、早稲田大学まで出たんだからちゃんと働かなきゃいけない。せめて、建物の絵をいっぱい描いている設計事務所に入ろうと思ったんです。

——有名な設計事務所に入られたんですよね?

忙しい時は朝7時から夜2時まで働く生活でした。締め切りに追われながら、業者さん、施主さん、上司とのやりとりなど細かなこともずーっとある。絵を描く機会はあったけれど、ただの過程で作品にはならない。それに対して「なんか違う」と思う、でも、どうしていいかわからない……。わだかまりがどんどん酷くなり、気が付けば身体を壊していました。

——忙しさと精神的なフラストレーションから体調を崩してしまったんですね。

めまいが頻発して、起き上がれないんですよ。頑張って這い出ても頭がずっとぼんやりして、人に何か言われても理解できない。職場の人に「塩谷さん顔が紫色だよ」って言われて。確かに紫色だ、と。働ける状況ではないところまで体調が悪くなってしまったんです。

すごい鬱っぽかったのですが、身体の調子も変だなと思って専門の病院に行ったら低血糖症という病気だとわかりました。

3ヶ月間休職することになり、当初はずっと実家で寝ていました。家族にも、会社にも迷惑をかけているという自覚はあるし、Facebookを見れば友達はめちゃくちゃ建物を建てて活躍しているから遅れをとったと感じたし、家にいるだけで本当に辛かったです。

 

 

3.休職中、唯一罪悪感なく行けたのが銭湯だった


小杉湯の中には、塩谷さんが手がけた掲示物やグッズが並ぶ。

——銭湯との出会いはどんなきっかけだったのですか?

ちょうど同時期に休職している友達と話すなかで、たまたま銭湯の話になって。私もヨッピーさんというライターさんの記事を見て銭湯が気になっていたし、休職中で時間はあり余っていたから、友達と会うたびに行くようになりました。お医者さんにも伝えたら「身体を温めるから絶対良いよ」って言われて、これは医療行為だという大義名分も出来ました。

遠くに遊びに行くことは罪悪感があって全く出来なかったんですけど、銭湯は500円以内で行けるし、家の近くにあるし、体調も良くなるし、唯一罪悪感なく行けるところだったんです。精神面も安定してきて、銭湯が大好きになりました。

——その銭湯の図解を「描こう」と思ったのはなぜなのですか?

当時、他にも休職している友達がいたのですが、彼女は銭湯に行ったことがなかったんです。その子にどうしても銭湯の魅力を伝えたくなって、図解を描いてTwitterに上げました。そうしたら思いの外、知らない人がいいね!をつけてくれたんです。それまでずっと自分の絵に自信がなかったんですけど「あれ、いいのかな?」って思えて、何度も図解を描くようになりました。そのうち、東京銭湯というメディアが取り上げてくださり、それを見て声をかけてくれたのが、現在の職場である小杉湯三代目の平松さんなんです。「うちのパンフレットどう?」って。

——それですぐに小杉湯に転職したんですか?

いえ。やっぱり建築に捧げてきたものを捨てられないって思っていたんです。だから3ヶ月後に建築事務所に復職しました。でも昔の忙しさに体調が到底付いて行けなくて、ろれつがまわらなくなるようなことも度々ありました。そのとき平松さんに相談したんです。そしたら「塩谷ちゃんは銭湯で働きながら身体治していった方がいいんじゃない?それに、うちで働いたら塩谷ちゃんが輝けると思うよ!」て言ってくれました。

——素敵なスカウトですね。でも悩んでいたのに転職を決められたのはどうしてだったんですか?

自分で決められなかったから友達10人に聞いたんです。前職で信頼していた上司にも相談しました。誰かに「転職はやめといたほうがいい」って言われたらやめとこうと思っていました。その結果……全員に「転職しろ」ってはっきり言われました。塩谷は昔から絵を描くことがすごく好きだったから、絶対そっち行った方が良い、と。本当に信頼している人たちが言ってくれたことで決意できました。

——小杉湯で働きはじめて、現在に至るまでは?

最初は、番台に立つ時間もあれば、家で休む時間もあってゆっくりリハビリみたいな生活でした。銭湯図解は仕事の合間に、余裕のあるときだけ描いていましたね。

体調も大分安定してきたころ、雑誌『旅の手帖』から、全国各地の銭湯を巡る連載を持たないかという話をいただき、やることにして、月に1本描くようになりました。そのころから出版社から依頼をもらったり(なんと延べ15社!)、昨年の2月にはNHK番組に出させてもらったり、大きなメディアの依頼が来るようになりました。昨夏に「そろそろ本出さないとダメだよな」と覚悟して、今は2月の出版に向けて全力で描いています。

——劇的な大出世ですね!

転職した当初は、こんな風になるなんて想像もしていなかったです。

 

 

 4.見つけた使命は、みんなとは違う私の「建物への感覚」を絵で伝えること

 

 

——私は建築のことは詳しくないですが、塩谷さんが絵にしてくださることで建物や銭湯の魅力が伝わってくるなと感じます。

私はこの建物めっちゃエロいな、とか、シズル感ヤバいなとか感じるんです。皆に建物や銭湯はそう見えているって私は思っていたんですけど、最近違うと気がつきました。この感覚を絵で伝えることが私のやるべきことだったんだなって思います。

——建物を描くことの価値が見つかったんですね。

私が図解を描くと、銭湯の人がすごく喜んでくれるんです。「自分の銭湯なんてつまらないと思っていたけれど、塩谷さんが来てくれたから誇りに思えるようになった」と。描くことで価値を再発見し、携わる人を元気にするってことが、絵の果たせる役割なんだなって思うようになりました。ずっと悩んでいた「絵の価値が低い」ということに対して、自分なりの答えが出せたかなと。

——今後はどんな活動をされていきたいですか?

銭湯を描くことはライフワークなので、死ぬまでやります。後は地方都市のなかの路地とか、飲み屋横丁とか、銭湯と同様に素敵な空間だけど一般的には価値に気付かれていないもの。それを絵で拾い上げることで、携わる人に元気になってもらい、価値を上げるということをやっていきたいと思っています。

 

5.自分らしさは「なんか違う」の中にある

がむしゃらに目の前の仕事を頑張ってはいる。でも、たまに何のために頑張っているかわからなくなってしまう……そんな自分の悩みをこぼしたら、彼女はこう答えてくれた。

「わかんないままでも頑張り続けることって、悪いことではないと思うんですよ。私もそうして葛藤したり身体を壊しちゃった時間があったから、結果として一番やりたかったことにたどり着けたので。」

でも、と彼女は続けた。

「私が今にたどりつけたのって、自分が好きなこと、やりたいことに正直に向き合えたからだと思うんです。というより・・・『なんか違う』ってずっと思って、それを殺さないでいたことだと思いますね。」

世間や周りの価値観、それから自分が積み重ねてきたことも差し置いて、「何が好きなのか」が大切。その自分が好きなことに気付かせてくれるヒントは、自分の中に生まれてきた「なんか違う」なのだろう。

「周りに合わせなきゃと思っていた過去より、今が一番楽しいです。」

と笑顔で語る塩谷さん。「なんか違う」に向き合った彼女は今日も湯に浸かり、自分らしい人生を描くペンを走らせている。

 

【インタビュアー/執筆】
SHESharesライター 青葉

普段はOL。さえりさんのライターコースを経てSHESharesに参加。
人生の研究テーマは「ひとの人生を動かすのは何なのか。
自己紹介記事▷https://shares.she-inc.jp/?p=4926945&preview=true
ライター講座体験記録▷https://shares.she-inc.jp/posts/4926111

 

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