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損害保険会社の会社員から、世界で活躍するフォトグラファーへ。大転身を乗り越えたyOUさんに学ぶ、”好き”の育て方

インタビュー

好きなことを仕事にしたいのに、なんだか空回っている……。
自分で選んだ道だけど、思うようにいかなくて辛い。

100年時代と言われる現在、キャリアと向き合う時間も多くなり自由な働き方が謳われていますが、人生はなかなか思う通りにはいかないもの。

辛いことも落ち込むことも多いけれど、波に乗るように楽しめばいい!
そう教えてくれたのは、フォトグラファーのyOUさんです。

今や数多くの有名雑誌の撮影を担当するyOUさんも、ここまでのキャリアは山あり谷ありだったとのこと。
読んだらきっと元気付けられる、yOUさんの人生哲学に迫りました。

フォトグラファー・yOU(河崎夕子)

神奈川県出身。青山学院大学経済学部卒。
雑誌、広告等でポートレイトや料理写真を中心に活躍中。旅メディアでの執筆や、ドキュメンタリー番組の出演、日本各地の地域創生プロジェクトへの参画も。
並行して作品活動も行い、これまで都内を中心に12回の個展を開催。「観光特産士」「WSET」(Wine & Spirits Education Trust)の資格取得。

http://www.youk-photo.com/

▽ yOUさんがご登壇するSHElikesの講座はこちら!

https://likes.she-inc.jp/events/12


目次

  1. 『世界の車窓から』とニューヨークに憧れた20代
  2. 一筋縄ではいかなかった、フォトグラファーのキャリア
  3. 得意ジャンルは”旬”を捉える写真
  4. 人生も写真も、リアルを大切にする

1. 『世界の車窓から』とニューヨークに憧れた20代

ー 現在フォトグラファーとして活躍されているyOUさんですが、最初からフォトグラファーを目指していたのでしょうか。 就職活動はどのようにされていましたか?

yOUさん:最初からフォトグラファーを目指していたわけではありませんでした。もともとはマスコミに行きたくて、学生時代からテレビ局でアルバイトをしていました。

特に『世界の車窓から』が大好きで、番組のディレクターになることを目指していましたね。いずれはドキュメンタリー番組を作りたいなぁ、なんて当時は思っていて……。

でも残念ながら就職活動がうまくいかず、新卒で損害保険会社に就職しました。

ー 損害保険会社の会社員からフォトグラファーへ、かなり大きな転換だと思いますがどのように写真を仕事にするようになったのでしょう? とても気になります!

yOUさん:子供時代からカメラが好きだったのですが、本格的にカメラを学ぼうと思ったのは27歳の時ですね。大手の習い事雑誌『ケイコとマナブ』で写真教室を見つけて通い始めたのがきっかけです。原宿にある女性のための写真教室に通ったんですけど、当初は「仕事をしながら趣味で学べたらいいな」くらいのモチベーションでした。(笑)

講座に通ってみたら結構おもしろくて、段々楽しくなってきたんですよね。しばらくして「しっかり写真を学びたい」と思い、ニューヨークの芸術大学への受験を決めました。ニューヨークへの憧れが強かったこともあり、「写真だったらパリかニューヨークでしょう!」と。(笑)
ありがたいことに合格できたので、会社を辞める決断に至りました。それが、29歳のとき。

ー 会社に勤めながら写真を勉強して、ニューヨークの芸術大学に受かるくらいの実力になるなんて凄すぎます。しかし、会社員という安定を捨てることに関して不安はありませんでしたか?

yOUさん:当時はカメラマンになろうとは思っていなくて、もっとふわっとしていたんです。写真を学んで、あわよくばニューヨークに住み着いちゃえ!という気概で。(笑)

もちろん、勤めていた会社では与えられた役割に対して100%以上の成果は出したいと思っていましたし、努力の末新しいプロジェクトが組まれた時に抜擢していただいた経験もありました。

でも、30歳を手前にふと思ったんです。年齢を重ねるにつれ役職がついてくるけれど、「強いだけの女性ってどうなんだろう?」って。ちょうど女性の社会進出が取り上げられ始めた時期だったのですが、男性と同じように強くなることを目指す女性像には憧れなかったんです。もっと、自由にになりたかった。

自分の中にきらりと光るものがあったかどうかは分かりませんでしたが、写真を続けられる確信だけはありました。おもしろい、楽しい、好きという気持ちを持ち続けられるから、途中で投げ出すことはないかなって思ったんですよね。

2. 一筋縄ではいかなかった、フォトグラファーのキャリア

ー 過去と違う道を選ぶとき、自分の「好き」という気持ちが大きな支えになりますよね。実際に、ニューヨークに行かれたあとはいかがでしたか?

yOUさん:実は、留学を予定していた時期にニューヨークで「9.11」のテロが起こってしまい、留学が頓挫してしまいました。さすがに周りの人からも止められましたしね。
結局会社を辞めた後も日本にいて、「どうしよう」と思うわけです。特に当時は日本で「芸術で食べていく」イメージがつきませんでしたから……。

ー それは大変でしたね……。前の会社に戻る選択肢はなかったのでしょうか?

yOUさん:なかったです。もう、プライドと意地です。(笑)
まず思い浮かんだ選択肢は、スタジオマンかカメラアシスタントでした。早速スタジオに面接に行くのですが、「19歳の子と一緒に、蹴られながら仕事できる?」と言われる始末。

でもそこで「まずは名刺を作りなさい」と言われて、自分でオリジナルの名刺を作りました。その時から「yOU」という名前で活動しています。

その後何しろ時間があったので、海外に出かけて作品を撮ったり、自分の名前入りの革貼りのポートフォリオを作ったりと有意義に過ごしていました。貯金もまだありましたので。そしてひょんなきっかけで初めてのお仕事をいただくことになるんですよ。 ここからは、ご縁というものが本当に大切だと痛感する日々が始まります。

ー 苦難の中でも、あたたかい人々との出会いがあったんですね。その後はフリーのフォトグラファーとして活動されるのですか?

yOUさん:フリーのフォトグラファーとして知人を介して仕事を頂いていたのですが、ご縁でコニカミノルタという会社からマネージャー兼フォトグラファーとしてオファーを頂きました。
現在は主に複写機などを扱っている会社ですが、当時は写真スタジオを運営されていたのです。新しいスタジオを立ち上げるタイミングで、オープニングスタッフとして誘って頂きました。

使い慣れないカメラの扱い方やライティング(照明器具を使った光のコントロール方法)、フィルムの巻き方まで、多くを学びながら仕事させていただきましたね。

ー また大きな転機がやってきましたね。入社されてからは、一旦フリーのお仕事はお休みしていたのですか?

yOUさん:そう思うでしょ……? 実は、両立していました。
当時、フリーの仕事を指名でもらえたわけではないので、突然やってくる仕事に柔軟に対応する必要がありました。断ってしまえば、次はないんですよね。

そのため、会社と契約を結ぶ際に事情を説明して、それでも会社の仕事を受けてもいいか相談したんです。そうしたら、私がフリーの仕事が入った時は、他のメンバーや社員さんにサポートいただけるようになりました。

不安定なスケジュールに柔軟に対応いただけたのは、本当にすごいですよね。人に恵まれていたとしか思えませんが、心から感謝しています。

ー フリーの仕事も両立しながら、順調にフォトグラファーとしての実績を積まれていったわけですね。

yOUさん:六本木一丁目にできた大きなスタジオでは、1年ほどマネージャー兼フォトグラファーを勤めました。ところがコニカミノルタ自体が突如写真事業からの撤退が決まり、スタジオも閉めることになってしまったんです。

ー 自分の力ではどうしようもない、環境の変化が続いてしまいますね……。

yOUさん:そうですね。でもありがたいことに、時同じくしてササキスタジオという会社からお声をかけて頂きました。偶然、新しくスタジオを作る時期だったようで、私が勤めていたコニカミノルタのスタジオをモデルケースとして見学にいらしていたんです。

そして私が辞めたタイミングで誘っていただいて。本当に私の実力というより、人のご縁に恵まれて、次のステージをいただくことができました。

ー たしかにご縁は多そうですが、yOUさんの謙虚なお人柄に惹かれ、多くの方が手を差し伸べてくれるように思います。

yOUさん:ありがとうございます。でも、20代はとにかく生意気でしたよ。(笑)それはそれで面白がっていただいたのかもしれないですけど。

「実るほど、こうべを垂れる稲穂かな。」という言葉があるじゃないですか。謙虚な姿勢は、大人になればなるほど必要ではないかなとは思っています。

 

3. 得意ジャンルは”旬”を捉える写真

 

ー その言葉、心に刻んでおきたいと思います。ちなみに、現在yOUさんは女性誌で女性モデルのポートレートを多く担当している印象があるのですが、そこに至るまでの経緯やきっかけを教えていただけますか。

yOUさん:私は『世界の車窓から』が大好きだったので、フォトグラファーとしてもドキュメンタリーの写真を撮っていきたいと思っていたんですよね。
今のお仕事に繋がったきっかけは、30代の頃によく遊んでいただいた方々からのご縁。そのうちの一人が有名な女性誌を撮っているフォトグラファーの方だったんですよ。最初はそんなに有名だとは全く知らなくて、後から知ったんですけど。(笑)

ある時、大御所の女優さんの撮影をすることになりました。それまで受けたフリーの仕事の中でもっとも大きな案件で、焦ってしまったんです。そこで先ほどの先輩フォトグラファーから、スタジオでの振る舞いから指示の出し方までアドバイス頂きました。おかげで当日は堂々と撮影を進めることができて、とてもいい経験になりましたね。

ー これもまたあって然るべきご縁だったのですね。yOUさんは「人」を撮る仕事が多いですか?

yOUさん:やっぱり人の撮影は好きですが、ジャンルは限らずお受けしていますよ。これまでありとあらゆる分野に挑戦してきたので、全部できますし、全部関連しているとも思います。

たとえば、写真を撮る時、料理と人って似ています。”旬”があるんですよ。

料理は、出てきたものを3分以内に撮らないと旬が終わってしまうんです。人も同じで、ポートレートは最初のパッションで撮った勢いと、最後に馴染んできた感じが旬なんです。私はその旬を捉えることにこだわっているので、料理と人は私の中で得意なジャンルですね。

ー 料理と人の撮影が似ている、というのは驚きました! yOUさんの写真から、写っている人や空間の”温度感”が感じられるのは、そのせいかもしれません。

4. 人生も写真も、リアルを大切にする

ー 冒頭のニューヨークの話もあったように、yOUさんのキーワードのひとつに「海外」があるように思います。これまででもっともご自身の価値観に影響を与えた国はどこですか?

yOUさん:インドです。香港からポルトガルまでの何年もかかった旅を題材にした沢木耕太郎さんの作品『深夜特急』が私のバイブルなのですが、途中に出てくるインドでの話が大好きで、何度も読み込んでいました。沢木さんは「27歳が旅どきだ。」と書かれていたので、27歳でインドに行くと決めていたんです。インドに行くと人生観が変わるとよく言いますけど、実際に行ってみて衝撃を受けましたね。

ー 具体的にどこに衝撃を受けたのでしょう?

yOUさん:インドでは当たり前のように路上で「生活」がおこなわれていました。髪を切っている人や靴を磨いている人、普通に裸で立っている人もいて、とにかく雑多な感じ。

私は厳格な両親に育てられて、良くも悪くも”お嬢ちゃん”で、知らないことがあまりにも多いと痛感したんです。
現実から目を背けてはいけない、現実を知らなければならないと強く思いました。知ることで、ものの見方や人との接し方も変わっていきます。その経験が、インドでは強烈だったんですよね。

ー 写真を撮りに行くのが楽しい国はどこですか?

yOUさん:ハンガリーかなぁ。特に東欧の色味って独特なんですよ。ベールがかかっているような色味、ちょっと影がある感じで、ノスタルジックな雰囲気ですね。色気があります。
私、旅で重視するのは色彩なんですよ。この前スペインに行ったときも今までにない鮮やかな色たちと出会って、とてもワクワクしました。
今行きたい場所はトルコ、モロッコ、アルゼンチン!……と言って10年経つんですけど。(笑)

ー 私も行きたくなりました……! 旅の写真において「色気」という表現が独特なように感じました。

yOUさん:ここでいう色気とは、「間合い」が美しいもの。言葉にできない空気のようなものが、間に流れている感じ。私は写真でそれを写し出したいんです。

スマホで写真を撮るときって、撮影者の視線から結構距離があるじゃないですか。これってもう客観的な写真なんですよ。一方で、ファインダーからのぞいてカメラとの距離が近づくと、主観的な写真になります。

自分の目でリアルを見て、撮る。この距離感が大事かなと思います。

ー 先ほどのインドの話とも繋がりますが、yOUさんはリアルを大切にされているんですね。

yOUさん:そうですね。これまで「リアルこそ美しい」をテーマに写真を撮ってきました。現実は厳しいことも多いけど、だからこそ美しいものをより美しいと感じるのです。私はリアルを写真で切り撮って、ドキュメンタリーという形で示したいと思っています。

とある人が私の写真をみて、「音楽が聞こえてきそう」と感想を述べてくれました。とても嬉しかったですね。写真を撮る上で、私は「奥行き感」を大切にしています。

今ここで、あなたと私の間に流れている空気が、心地よいものとなるように。
その空気感が、写真にもちゃんと収められたらいいなと思っているんです。

ー yOUさんの考える人生哲学が写真に反映されていて、とても感動しました。yOUさんはまさに「好き」を仕事にしていると思います。最後に、同じように好きを仕事にしたいと考えている女性にメッセージをお願いします!

yOUさん:結果的に好きを仕事にできていますが、ここまで迷いまくって惑いまくっていましたよ! 「好き」も年代によって変わっていくし、変わってもいいと思うんです。20代、30代ではブレることを恐れなくて大丈夫。

「もうここで勝負する」と決めて、腹をくくるのが40代。孔子は「40にして惑わず」と言いますが、私は「40にして我を知る」だと思っています。

逆に20代、30代に自分をがんじがらめに縛ってしまうと、選んだ道が間違ったときにポキっといってしまうので、人生に遊びを取り入れる気持ちでいいかもしれないですね。好きなことは1つではないでしょうし、他の道もあるかな? って常に他の選択肢を持っておいてください。なんとかなりますよ!

ー yOUさん、あたたかく、勇気付けられるような言葉をありがとうございました!!

▽ yOUさんがご登壇されるSHElikesのレッスンはこちら!

 

 

 

 

 

【執筆】

SHEshares 花田奈々
SHE株式会社 コンテンツ企画/オウンドメディア運営チームに所属。
学生時代よりwebメディアの立ち上げに編集部として携わる。
SHEのビジョンに共感し、ユーザーとして参加するとともにオウンドメディアの運営に当初より携わり、現在はSHEと上場企業のwebメディア事業部のパラレルキャリアを実践中。
Twitter:@hana25toma

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